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ICE 30周年 [ドイツ鉄道 列車]

 1991年5月29日、Bonn・Hamburg・Mainz・Stuttgart・Münchenからの6本の特別列車がKassel-Wilhelmshöhe駅に集まり、Richard von Weizsäcker大統領臨席の元、ドイツ初の高速列車であるInterCityExpress (ICE)の開業式典が華々しく行われた。6月2日からICEの営業運転が開始され、以後高速新線や改良新線の開業や様々なICE用車両が開発により、ICEのネットワークはドイツのみならず周辺各国にも広がった。それから今日で30年、ICEはドイツ鉄道の長距離旅客輸送において中心的な役割を果たし、ドイツの旅には欠かせない存在となった。
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 ICEを先駆的な存在となったのは、試験車両である410形InterCityExperimental (後のICE-V)である。1983年から1985年にかけて製作されたこの試験車は、1988年6月1日に当時に世界最高速度となる406.9 km/hも記録した。1998年に役割を終えて引退し、現在はMünchen のドイツ博物館、およびMindenの鉄道研究施設で保存されている。
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 1991年の営業開始当時の高速新線はMannheim-Stuttgart、Hannover-Würzburgの2区間であり、ICEの運転が最初に開始されたのはHamburg – Hannover – Fulda – Frankfurt (M) – Stuttgart – Münchenであった。最初の営業車両であるICE 1は1989年から1993年にかけて60編成が製作された。ICE 1は両端が動力車で、中間に11~13両の客車が連結された編成とされ、最高280 km/hとされた。ICE 1はドイツを南北に結ぶ路線を中心に投入され、1993年からは統一ドイツの首都となったBerlinへの乗り入れも果たした。さらに1992年からスイス、1998年からオーストリアへの乗り入れも開始した。
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 ICEは快適な車内設備で好評をもって迎えられ、順調に旅客数を伸ばしたが、ICE1は長編成で大幹線以外での運用には向いていなかった。そこで、1996年から1988年に動力車1両と客車7両からなるICE 2が44編成制作された。ICE 2は2編成での併結が可能で、柔軟な運用を可能にした一方、コンパートメントが廃止されるなど車内設備は簡素化された。1998年9月にBerlin-Hannoverに高速新線が開業し、Berlin発着のICEのスピードアップが実現した。ICE 2はBerlin – Hannover – Hamm – Essen – Düsseldorf / Hamm - Hagen – Wuppertal – Kölnなど併解結を伴う路線で運用された。
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 1998年6月3日Eschede近郊でICE 1が脱線して橋脚に衝突する事故が発生し、101名が犠牲になり、ドイツの鉄道史上最大の悲劇となった。原因は乗り心地向上のために導入された弾性車輪の破損であった。ICE 1は一体圧延車輪に戻されたが、検査や改修のため大規模な運休や編成両数削減、さらに103形をはじめとする旧型車両による代走などで、しばらく長距離鉄道ネットワークの混乱が続いた。
 1999年5月、ドイツ鉄道に新しいICE用車両であるICE-Tが登場した。ICE-Tは同時に開発が進められたICE 3と同様の動力分散式となり、またFIAT社の振子装置を搭載し、最高230 km/hとされた。ICE-Tは2005年までに5両編成の415形が11編成、7両編成の411形が60編成制作された。ICE-TはStuttgartとスイスのZürichを結ぶ列車でデビューし、その後旧東ドイツ地域への列車を中心に投入された。2006年からはオーストリアへの直通も開始した一方、スイスへの直通は2010年に終了した。
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 ICE-Tより1年遅れて、2000年6月には新しいフラッグシップとしてICE 3が登場した。ICE 3は最高330 km/hに対応する高速性能を有し、8両編成で併結も可能とされた。ICE 3にはドイツ国内で運用される単電源式の403形と、4電源式で国際運用に対応する406形 (ICE 3M)があり、2006年までに403形が50編成、406形が17編成 (うち4編成はオランダ鉄道NS向け)が製作された。ICE 3Mは登場時からオランダに直通運転を行っており、2003年にはベルギーへの乗り入れも開始した。ICE 3とICE-Tは車内外とも共通のコンセプトでデザインされており、その上質なデザインは後のICEに受け継がれていくこととなった。
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 2002年8月に最高300 km/hの高速新線Köln-Rhein/Mainが開業し、ルール地方から南方への大幅な高速化が実現した。12月15日のダイヤ改正ではICEネットワークが抜本的に見直され、ICE 3はこの高速新線を経由する路線に集中的に投入された。
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 2001年6月には4両編成の気動車ICE-TDが登場した。ICE-TDは最高200 km/hで20編成が製作され、Nürnberg - Hof - Dresden、München - Lindau – Zürichに投入されたが、振子装置にトラブルが相次いだ上、2002年10月には車軸破損により脱線事故を起こし、振子装置の使用が停止され、2003年7月には運行認可も取り消されてしまったため営業運転を外された。
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 サッカー・ワールドカップドイツ大会に先立つ2006年5月には首都Berlinに新しい玄関駅Berlin Hbfが開業すると共に、最高300 km/h対応の高速新線Nürnberg – Ingolstadtも開業し、ドイツ南部でも高速化が図られた。
 2007年6月にはICEは悲願のフランス直通を果たした。Frankfurt (M) – Paris間に設定されたICEには、フランス直通対応に改造された406形 (ICE 3MF)が充当された。さらに、2007年12月からはHamburg – CopenhagenにもICEが登場した。このデンマーク直通運用には2006年春から細々と営業運転を再開していたICE-TDが投入された。Vogelfluglinie 渡り鳥ラインと呼ばれるルートにはフェリー航送区間もあり、鉄道ファンの注目を集めた。
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 ドイツ鉄道が悩まされたのが車軸の問題であった。2008年ICE 3は低速で走行中に車軸が折損して脱線する事故が発生し、車軸超音波検査の間隔が短縮されると共に、全車の車軸が交換された。ICE-Tでも車軸に亀裂が発見され、振子装置の使用は2018年までの長きに渡って停止された。
 新型車両が次々と登場する一方、2005年から2008年にかけて、ICE 1はRedesignと呼ばれる更新工事が行われ、インテリアはICE 3に近いデザインとなった。続いて2009年から2013年にかけてICE 2の更新工事も行われた。
 SiemensはICE 3をベースとする高速列車をVelaroのブランドで開発し、スペイン・中国・ロシア・トルコにも輸出した他、London – Parisなどを結ぶEuroStarへのセールスにも成功していたが、2008年にはDBも新型ICE 3としてVelaroを発注した。形式は407形で、406形と同様に8両編成とされた。407形は4電源式で2011年12月よりフランス直通運用に用いられる予定であったが、トラブルが頻発して認可取得が遅れ、2013年12月にようやくドイツ国内でデビューし、2014年4月からは406形に代わりフランス直通のICEにも充当された。
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 2015年12月にErfurt – Halle/Leipzig、さらに2017年12月にEbensfeld–Erfurtで相次いで最高300 km/h対応の高速新線が開業した。Berlin – Münchenを4時間で結ぶ速達列車も設定され、旧東ドイツ地域においても大幅な高速化が達成された。
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 デンマーク直通に使用されていたICE-TDは検査期限切れに伴い、2017年10月に運用を終了した。2編成は“advanced TrainLab“として試験用に残ったが、残りの編成は順次廃車解体が進められている。
 2017年12月にはICE 4が本格的な営業運転を開始した。(2016年から試験的に営業運転に用いられていた。) ICE 4の最大の特徴は、変圧器・変換器・主電動機などの主要機器をPowercarと呼ばれる動力車に集中配置し、路線事情に合わせて柔軟な編成を組むことを可能とした点である。最高速度こそ250 km/hに抑えられているものの、様々な新機軸が盛り込まれ、ドイツ鉄道の新たなフラッグシップに位置付けられている。ICE 4は7両・12両・13両編成の3つのバージョンが製作される予定で、最初に登場したのは12両編成であった。これらは主にICE 1の運用を置き換え、2019年12月からはスイス直通運用への投入も開始された。7両編成は2020年12月からICE 2の運用を置き換える形で投入が開始されており、さらに13両編成も2021年2月から暫定的に営業運転に就いた。ICE 4は最終的には12両編成と13両編成がそれぞれ50編成、7両編成が37編成導入される予定で、現在も製造が進められている。
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 2018 年9 ⽉よりドイツ鉄道 はICE の運行は再⽣可能エネルギーによる電⼒でまかなわれていることから、ICEを”Deutschlands schnellsten Klimaschützer” (ドイツ最速の環境保護者) としてPRすることとし、先頭⾞の⾚帯を緑⾊に変更した。このデザイン変更は全編成が対象とされたが、現在も赤帯のままで走っているICEも少なくない。
 デビューから30年が経過したICE 1はインテリアを中心に再度の更新と、中間客車9両へと編成を短縮する工事が行われており、2030年頃まで引き続き使用が継続される予定である。
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 ICE 3は2016年から403形を中心に更新工事が進められているが、406形については故障が多く維持コストも高いことから、2025年にも廃車が始まる可能性があると報道されている。ICE 2やICE-Tについては2025年頃までは使用される予定であるが、その後の計画は不明である。
 2020年7月にはドイツ鉄道はVelaroを30編成追加発注した。形式は408形で、ICE 3neoと呼称されており、2022年末から投入が開始される予定である。
 近年のICEの最大の問題は慢性的な遅延である。ドイツ鉄道の長距離列車の定時運行率が8割を割り込むことも珍しくなく、交通機関としての信頼性が損なわれている状態である。この遅延の常態化に様々な要因が絡まっているとされるが、特に問題として指摘されているのはドイツ鉄道のインフラ投資が不十分である点である。
 2020年以降の新型コロナウイルス感染症の流行により、ドイツでは厳しいロックダウンが行われ、結果としてドイツ鉄道も大きな打撃を受けることとなった。社会インフラとしてドイツ鉄道は一定の列車運行を継続したが、列車本数や編成両数の削減が行われ、それでも多くの列車が空気を運んでいる状態となった。その中で、2020年の定時運行率はこの15年間で最も高い85%を記録したのは皮肉なことであった。
 ドイツ鉄道は2030年を目標に、“Deutschlandtakt“ (直訳すると「ドイツの時計」)という名の元、ドイツ全域に渡って到達時間短縮や列車本数の増強を行うことを計画しており、それに向けて積極的にインフラ整備や車両調達が行われている。10年後、20年後のICEの変化も見逃せない。
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 最後に個人的なICE体験を記したい。幼い頃に過ごしたドイツに登場した高速列車には、少々武骨だが私好みのスタイルで、デビュー前から興味をひかれた。高校生を卒業する頃にはドイツ鉄道への興味は募るばかりとなり、最初に買ったヨーロッパ型の鉄道模型はフライシュマンのICE 1であった、浪人生活の傍らドイツの鉄道に関する情報を集めるようになったが、その矢先に起こったEschede事故は衝撃的であった。ニュース番組の冒頭で流された映像は今も目に焼き付いている。重苦しい空気の一方で、1998年10月にBerlinで姿を現したICE 3に魅了され、毎日のようにインターネットで画像を眺めたのも懐かしい。
 2005年3月、大学の卒業旅行で実に20年ぶりにドイツに降り立ち、最初に乗ったのはFrankfurt (M)空港からMannheimまでのICE 1であった。そして、何よりも素晴らしい体験だったのは、Frankfurt (M)からAmsterdamまでラウンジ席で乗り通したICE 3の旅であった。益々ICEに魅了された私はその後もチャンスを見つけてはドイツに飛ぶようになった。
 人生最大の幸運の一つは、2016年7月から2018年2月までDüsseldorfに留学する機会を得たことであった。留学期間中、暇を見つけてはICEに乗り、そして撮った。ICE 3の当時現役だった83編成全編成を撮影したことは、私の趣味歴においては最大の成果である。ICE 4の登場をドイツで迎えることができたし、BerlinからMünchenへのICE Sprinterの一番列車をICE 3のラウンジ席で乗車することもできた。
 帰国して3年、ICEは更なる変化を続けている。ドイツにいた時のような活動は到底できないが、それでもICEの動向を追いかけるのは楽しいものである。ICEは今も私の趣味の中心である。
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